東京高等裁判所 昭和43年(う)1114号 判決 1972年10月13日
被告人 春日陽一 外四名
主文
原判決中被告人春日陽一、同松本豊、同和泉徳夫及び同小野正弘に関する部分を破棄する。
被告人春日陽一、同松本豊、同和泉徳夫及び同小野正弘を各罰金八、〇〇〇円に処する、
右各被告人において右罰金を完納することができないときは、金八〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。
右各被告人に対し、公職選挙法二五二条一項の規定を適用しない。
(訴訟費用略)
被告人佐藤新吉に関する検察官の控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、東京高等検察庁検事が提出した東京地方検察庁検事河井信太郎作成名義の控訴趣意書、被告人春日、同松本、同和泉及び同小野が連名で提出した控訴趣意書及び右四被告人の弁護人青柳孝夫、同寺本勤、同西嶋勝彦及び同橋本紀徳が連名で提出した控訴趣意書記載のとおりであり(ただし、検察官の控訴趣意書は、二六頁六行目に「警察官は土屋、上野各巡査部長」とあるのを「警察官は山口、上野各巡査部長」と、三八頁一〇行目に「(請求番号44)」とあるのを「(請求番号46)」と訂正して陳述)、右各控訴趣意に対する答弁は、被告人春日、同松本、同和泉、同小野及び同佐藤の弁護人青柳孝夫ほか四名が連名で提出した「控訴趣意書補充書並びに答弁書」と題する書面並びに東京高等検察庁検事辰巳信夫提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。そして右各控訴趣意に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
弁護人の控訴趣意第一点(法定外選挙運動文書頒布罪に関する法令の解釈適用の誤りもしくは事実誤認)について
所論は、原判示第一の選挙運動期間前の法定外選挙運動文書頒布の事実について、原判決は、表面に日本共産党中央委員会議長参議院議員(東京地方区選出)野坂参三と記載したほか、同人の写真及び同人の信条、略歴、同人を推薦する記事等を掲載し、裏面に同人の経歴、活動状況等を掲載した文書を公職選挙法一四二条の法定外選挙運動文書にあたるとしているが、
(一) 公職選挙法一四二条一項にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形、内容それ自体からみて選挙運動のために使用すると推定されうる文書、具体的には、一見して特定の選挙にあたつて特定の人に対し投票の依頼または投票しない依頼を明示して記載した文書と解せられるところ、本件において違反文書とされているものは、日本共産党の政策宣伝、政治活動文書ではあつても、野坂参三個人の宣伝または同人への投票を依頼した文書ではないから、原判決は、事実を誤認するとともに公職選挙法一四二条一項の解釈、適用を誤つたものである。
(二) かりに然らずとするも、選挙運動文書の制限に関する公職選挙法一四二条の規定は、選挙運動期間前にはその適用がないと解するのが相当であるから、原判決は、この点においても前記法条の解釈、適用を誤つたものである、
というのである。
しかし、公職選挙法一四二条制定の趣旨を考え、同法一四六条その他の規定とも総合してこれを理解すれば、同法一四二条一項にいう選挙運動のために使用する文書とは、最高裁判所が判例とするとおり、文書の外形、内容自体からみて選挙運動のために、すなわち、特定の選挙につき特定の人に当選を得しめるため投票を得もしくは得しめる目的のために使用すると推知されうる文書と解するのが相当であり(昭和三六年三月一七日第二小法廷判決刑事判例集一五巻三号、昭和三八年一〇月二二日第三小法廷決定刑事判例集一七巻九号参照)、特定の人に投票することもしくは投票しないことを依頼することを明示して記載した文書でなければこれにはあたらないとする所論は、採ることができない。選挙運動期間前巷間に事実上頒布されている文書類に種々の内容のものがあることは、所論のとおりであり、かりに前記解釈に従えばそれにあたるとみられるものであるにかかわらず、放任されているものがあつたとしても、それだからといつて前記解釈を誤つているということができないことは、もちろんである。
原判決において違反文書とされた文書をみてみると、右は、二つ折りの四頁よりなる文書であつて、その第四頁にあたる部分には日本共産党の一〇大スローガンが掲記されてはいるが、表面の第一頁にあたる部分には、縦一〇センチメートル横九センチメートル大の顔写真がある横に人民の政治家日本共産党中央委員会議長参議院議員(東京地方区選出)野坂参三と記載し、その下方に野坂参三の「わたしの信条」と題する文章及び略歴を、第二頁及び第三頁にあたる部分には写真入りで同人の経歴、活動状況等を、第四頁にあたる部分には合計四五名の者の氏名入りの「野坂参三さんをすいせんする」と題する文章を各記載したものであつて、日本共産党自体の政策宣伝文書というよりも野坂参三個人のための文書である色彩が強く、その外形、内容からみて昭和四〇年七月施行の参議院議員選挙の野坂参三個人の選挙運動のために使用する文書というに妨げのないものであることを肯認することができる。
次に、公職選挙法一四二条一項は、選挙運動のために使用する文書図画は、同項各号に規定する郵政省において特別の表示をした通常葉書の外は頒布することができないとするものであり、右にいう郵政省において特別の表示をした通常葉書が選挙運動期間中に限り存し得るものであることは、所論のとおりであるとしても、選挙運動期間前においても、右のような特別の表示のない通常葉書の頒布を含めて、選挙運動のために文書図画を頒布する行為のあり得ることは、否定すべくもない事実であり、選挙運動期間前におけるこれらの文書図画も、前記一四二条一項にいう同項各号に規定する通常葉書以外の文書図画であることは、否定できないのである。また右一四二条一項は、同法一四六条一項のように、「選挙運動の期間中は」という制限的文言を有しないのであるが、選挙運動期間前においては、政党その他の政治活動は自由であるとしても、政治活動に属する文書の頒布と選挙運動に属する文書の頒布とを区別することは可能であり、選挙運動用文書図画の頒布を無制限に放置することによつてもたらされる失費の増大その他の弊害を防止するとともに選挙運動の公正を確保するために文書図画の頒布を一定範囲に制限することを定めた右一四二条の規定は、その存在について実質的、合理的な理由の存するものであり、これが制定の趣旨に徴すれば、これを選挙運動期間前の頒布行為に適用できないというべき理由はなく、むしろ選挙運動期間中における頒布と同様に規制すべき理由が存するといい得るのであるから、右一四二条一項の規定は選挙運動期間前の行為には適用がないとする所論は、以上いずれの点よりしても採ることができない。
論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第二点(戸別訪問罪に関する法令の解釈適用の誤りもしくは事実誤認)について
所論は、原判示第二の選挙運動期間前の戸別訪問の事実について、原判決は、被告人春日、同松本、同和泉及び同小野(以下本判決においては春日ら四名と略称する。)が共謀のうえ、野坂参三に投票を得させる目的で、橋場与吉方、浅野功方、木村吉己方、田中文夫方及び福島せき方の五戸を戸々に訪問して野坂参三に投票するよう依頼したとの事実を認定し、公職選挙法二三九条三号、一三八条一項の戸別訪問罪の成立を肯定しているが、
(一) 証拠によれば、被告人らが木村繁子に会つて話をしたのは、木村吉己方の前の畑においてであつて、木村吉己方を訪れたわけではないから、木村方に関する限りは、木村繁子との間に交した会話の内容の如何にかかわりなく戸別訪問罪の成立する余地はない、
(二) 証拠によれば、春日ら四名は、橋場与吉方においては橋場ユキに、浅野功方においては浅野照代に、田中文夫方においては田中トシミに、福島せき方においては右同人に、それぞれ面接したと認められるが、右の各相手方に対し野坂参三に投票するよう依頼した事実は認められない、
(三) 証拠によれば、春日ら四名は、そもそも農村調査活動をする目的をもつて各戸を歴訪したものであつて、かりに多少選挙及び政治に関する会話を交した事実があつても、事柄の性質上異とするには足りず、野坂参三に投票を得させる目的のあつたことは認めることができない、
(四) 公職選挙法二三九条三号、一三八条一項の罪は、買収、供応などの実質的害悪発生の危険が明白に存在する場合に限り成立するものであるから、その存在の認められない原判示事実に右法条を適用したのは、法令の解釈適用を誤つたものである、
というのである。
しかし、
(一) 原判決が証拠として掲げる証人木村繁子に対する昭和四一年四月五日付尋問調書によれば、木村吉己方は、二段ないし四、五段に積み上げた簡単な石垣様のものをもつて道路と区画した屋敷の一角に入口があり、右入口を入ると畑地があつてその奥に住居があるという構造であるところ、本件の場合、同人方を訪れたのは春日及び松本であり、そのうち松本は入口付近の道路上に包みを持つて立つたままであつたが、春日は前記の入口を入つて畑まで行き、同所において木村繁子と面接して話を交わす等したというのであつて、屋敷内まで入つたことは明白であり、原判決が木村吉己方を訪問したと認定したことに誤認があるとはいえない。
(二) 原判決は、「主な問題点に対する判断」の二において説示するとおり、春日ら四名の各戸歴訪に所論の主張するとおりの農村調査活動をする目的のあつたことを否定するものではなく、その目的のあつたことを肯定しながらも、それと同時に野坂参三に投票を得させる目的のあつたことを肯定できるとしているのであるが、野坂参三に投票を得させる目的のあつたことは、原判決が掲げる証拠によつて十分に認めることができ、原審が取り調べたその余の証拠並びに証人須貝賢蔵の証言及び春日ら四名の各供述等当審における事実取調の結果を参酌しても、これが事実を誤認したものであるということはできない。後にさらに言及するところであるが、公職選挙法二三九条三号、一三八条一項の規定する戸別訪問罪の成立要件としては、選挙に関し、投票を得もしくは得しめまたは得しめない目的をもつて、選挙人方を戸別に訪れ、面会を求める行為をすれば足りるものであつて、それ以上に当該選挙人に面接するとか口頭で投票しまたは投票しないことを依頼するとかの行為に出ることを必ずしも必要としないのであるから、原判決が「野坂参三に投票するよう依頼し、」とまで認定したことは、右の立場においては、いわば余分の事実を認定したことに帰するものであるが、右の事実の存在することは、ひいては春日ら四名に野坂参三に投票を得させる目的のあつたことを認めしめるものであるから、無用の事実を認定したというものではなく、原判決の掲げる証拠によれば、十分にその事実を認めることができるのであるから、この点についても、事実の誤認があるとはいえない。
(三) 買収、饗応などの実質的害悪発生の危険が明白に存在する場合でなければ戸別訪問罪の成立を認めるべきではないとする所論の採ることができないことは、のちにさらに触れるところである。
弁護人の控訴趣意第三点(憲法違反)について
所論は、戸別訪問禁止の規定である公職選挙法一三八条一項及びその罰則である同法二三九条三号の各規定は、買収、威迫、利害誘導等の如き重大な害悪を発生せしめる明白、現在の危険があると否とにかかわりなく、一律的に戸別訪問を禁止処罰するものであるとすれば、憲法二一条に違反する規定であるから、これを適用処断した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるというのである。
しかし、公職選挙法一三八条一項、二三九条三号の規定は、戸別訪問が、個人の生活の平穏を害するほか、買収、利害誘導等の機会を提供することになる等の弊害があることにかんがみて、選挙の公正を確保するため、これを一律的に禁止、処罰することとしたものであつて、そのことに合理的根拠の存するものであり、憲法二一条に反することのないことは、最高裁判所が数次に亘つて判例とするところであり(昭和四二年一一月二一日第三小法廷判決刑事判例集二一巻九号、昭和四四年四月二三日大法廷判決前同判例集二三巻四号等参照)、所論を参酌しても、これを変更すべきものとは考えられないから、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意第四点(憲法違反)について
所論は、法定外選挙運動文書頒布禁止の規定である公職選挙法一四二条一項及びその罰則である同法二四三条三号の各規定は、それが、特定の候補者に投票を依頼する趣旨の文言を包含する文書であると否とにかかわりなく、頒布を一律的に禁止処罰するものであるとすれば、憲法二一条、三一条及び四四条に違反する規定であり、これを適用処断した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがあるというのである。
しかし、公職選挙法一四二条一項、二四三条三号の規定は、選挙運動用文書の頒布を無制限に放任するときは、過度の競争、過度の出費を招き、かえつて選挙の自由公正を害する結果となる等の弊害があることにかんがみ、これを一定範囲のものに制限し、その違反者を処罰することとしたものであつて、右一四二条一項にいう選挙運動のために使用する文書図画とは、文書の外形、内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいい、所論のように特定の候補者に投票を依頼する文書を記載したものに限定されるものではないこと、一四二条一項、二四三条三号の各規定には合理的な実質的理由が存し、憲法二一条に違反するものでないことは、いずれも、これまた最高裁判所が数次に亘つて判例とするところであり(前掲昭和三六年三月一七日第二小法廷判決及び昭和三八年一〇月二二日第三小法廷決定のほか、昭和三〇年四月六日大法廷判決刑事判例集九巻四号、昭和三九年一一月一八日大法廷判決前同判例集一八巻九号、昭和四四年四月二三日大法廷判決前同判例集二三巻四号参照)、所論を参酌してもこれを変更すべきものとは考えられない、そして前記各規定が所論のように憲法三一条、四四条に違反するものでないことは多言を要しないところであるから、論旨は理由がない。
被告人春日ら四名の控訴趣意第二農村活動の重要性と表現の自由と題する部分について
所論は、原判示事実の全般につき、春日ら四名は、日本共産党の方針に則り、農村調査活動をする目的をもつて原判示各戸を歴訪等したものであること、第一の事実については、本件文書が法定外選挙運動文書にはあたらないこと、第二の事実については、同判示の各戸において野坂参三に投票するよう依頼した事実のないこと等事実誤認ないしは法令の解釈適用の誤りを主張するものであるが、これに対する判断は、弁護人の控訴趣意第一点及び第二点に対する判断と同一であるから、これを引用する。すなわち、春日ら四名の行為は単に農村調査活動の範囲にとどまるものではなく、選挙運動として法定外選挙運動文書頒布の罪及び戸別訪問の罪の成立を認めざるをえないのである。それゆえ、論旨は理由がない。
春日ら四被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意中、春日ら四名に対する公訴の提起は、公訴権を濫用したもので無効であると主張する部分について
所論は、いずれも、春日ら四名に対する公訴の提起は、四名が日本共産党の呼びかけに応じてした農村調査活動に過ぎないものを、当時大島における唯一の共産党所属の町議会議員であつた相被告人佐藤新吉の政治生命を葬るために、なんら適確な証拠がないのに、違法な捜査方法を反覆して、ことさらに選挙違反に結びつけて事件をつくりあげたうえ、一般同種事件の取扱い例に反して、すなわち不公平に公訴を提起したものであるから、無効な公訴の提起であり、刑事訴訟法三三八条四号により判決をもつて公訴を棄却すべきであるというのであるが、原審が取り調べた証拠によれば、本件は、昭和四〇年五月三一日午前九時五〇分ころ、当時大島警察署間伏駐在所駐在であつた井上行夫巡査が、偶々同駐在所事務室から窓外を眺めた際、被告人小野及び同和泉の両名が同駐在所から七〇メートル位波浮港の方向に行つたところにある雑貨商遠藤正治方の表で話し合つたのち、同商店内に入り、四、五分位して外に出て来たのを認め、右両名は島内の居住者ではないが、さればといつて観光客ともみられないところから、あるいは押し売りではないかと考え、遠藤方に行つて正治の妻ハナに事情を聴いたところ、右の二人の者が置いていつたといつて本件文書等を示されたので、これを見て日本共産党の選挙運動ではないかと考えたことにはじまるものであつて、大島警察署の係官が入島以来の小野、和泉の跡を特別に尾行する等して探知したというものではなく、その後の経過としても、証拠の収集にあたり、手続の一部に不当、違法と認められる点がないではなかつたにしても、捜査の結果同年六月一一日東京地方検察庁検事から東京地方裁判所に公訴が提起されたものであつて、春日ら四名よりは遅れて同年七月一六日同地方裁判所に起訴された相被告人佐藤新吉は、犯罪の証明が十分でないとして原判決において無罪の言渡を受けたにしても、春日ら四名について、公訴事実の内容が事実無根の作りごとでなかつたことは、原判決の示すとおりであつて、当審においてもこれを是認したところであり、かつ、これが起訴するに値いしない程の軽微な案件であることが明白であるということもできないのであるから、公訴権を濫用したものであることを理由として公訴提起の手続の無効を主張する各所論は、採用できないものである。論旨はいずれも理由がない。
検察官の控訴趣意第一の一(事実誤認)について
所論は、原判決が、被告人佐藤に対する昭和四〇年七月一六日付起訴状記載の公訴事実について、被告人佐藤と春日ら四名との間に共謀あるいは幇助の関係等の存したことを認めるに足りる証拠はないから、同被告人は無罪であるとしたのに対し、原審が取り調べた証拠によれば、被告人佐藤と春日ら四名との間に共謀関係の存したことを推認することができるのであるから、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実を誤認したものであるというのであるが、記録を精査し、原審が取り調べた一切の証拠を検討しても、原審が取り調べた範囲の証拠を前提とする限りは、原判決が被告人佐藤の無罪の理由として説示するところは、肯認できるものであり、経験則に違背して判決に影響を及ぼすことが明らかな事実を誤認した点は認めることができないから、論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意第一の二(訴訟手続の法令違反)について
所論は、原審第一二回公判において検察官が番号1ないし84の証拠物の取調を請求したのに対し、原審が昭和四二年三月一八日付決定及び同年一二月二日付決定をもつて、右のうち番号20、39、44、68ないし84は証拠としてこれを取り調べるが、その余については、(一) 被告人小野が着衣のポケツト内に所持していたとみられる番号1ないし4の各物件、被告人和泉が所持していたとみられる番号25、26の各物件、被告人松本が着衣のポケツト内に所持していたとみられる番号27の物件及び被告人春日が同じく着衣のポケツト内に所持していたとみられる番号45の物件は、担当警察官が準現行犯逮捕の現場より約一〇キロメートル離れた大島警察署において着衣の内部等に身につけて所持していた品物を提出させた機会に現実にその占有を取得したものであつて、逮捕の現場における差押とはいえないから、(二) 被告人小野がその携帯した鞄内に所持していたとみられる番号5ないし19、21ないし24の各物件並びに被告人松本がその携帯した風呂敷包内に所持していたとみられる番号28ないし38、40ないし43の各物件は、被疑事実との関連を個別に吟味することなく、鞄及び風呂敷包の内容物として一括して、すなわち、恣意的、無差別に差押えた物であるから、(三) 番号46ないし67の各物件は、伊豆大島簡易裁判所裁判官が昭和四〇年六月四日付で発布した捜索差押許可状に基づいて被告人佐藤の居宅、農具小屋、堆肥小屋において差押えられた物であるが、前記捜索差押許可状は、数ヶ所の捜索すべき場所を一通の令状に並記している点及び捜索すべき場所との関連において差押えるべき物の記載のなされていない点の二点において憲法三五条に直接違反する令状であり、この令状に基づいて差押えられた物であるから、いずれも、違法な手続によつて取得された物件であり、右各違法はいずれも軽微なものではなく、重大な違法であるから、前記各物件についてはその証拠能力を認めることができないとして、その取調請求を却下したのに対し、右(一)及び(二)については、本件の捜索、差押は、送信所前バス停留所付近の逮捕現場においてこれに着手したが、右逮捕現場は人目につき易いバス通りであり、春日ら四名を長時間に亘つて公衆の面前にさらすという人権無視の好ましからぬ結果を招来すること等、右現場においてそれを継続することを困難ならしめる多くの事情があつたため、やむを得ず、大島警察署までこれを継続し、同署においてこれを完了させたに過ぎないものであり、実際問題としても、当該物件を春日ら四名とともに自動車に乗せて大島警察署まで移しただけのことであつて、同署において差押を完了するまでに約二五分の時間の経過があつたに過ぎず、そのために四名の人権を侵害した事実はなく、逮捕の現場において令状なくして捜索、差押をすることを許容した刑事訴訟法二二〇条一項二号の法意にもとることもないのであるから、各当該の物件は、適法に差押えられた物というに妨げはないということ、(三)については、憲法三五条二項により各別の令状を必要とする場所とは、社会通念上相互に独立した数個の場所をいうものであるところ、本件における被告人佐藤の居宅とその農具小屋及び堆肥小屋は、いずれも同被告人の所有に属する建物であつて、相互の間の距離が四、五〇〇メートルに過ぎず、社会通念上その全体を同被告人の所有に属する一個の建物と観念することができるのであるから、本件捜索差押許可状は憲法の規定に反するものではなく、かりにこれが憲法の規定に反するものであるとしても、本件の場合は、一通の令状による四ヶ所の捜索差押は、各別の令状の発布を受けてした場合と異なるところがなく適正に人権を侵害することなく実施されているのであるから、憲法三五条二項の趣旨に反する程度の重大な違法があつたとはいえないということ、なおかりに以上のことがすべてその理由がなく、証拠の収集手続に違法のあつたことは免れないとしても、捜査官憲の証拠の違法収集を抑制する手段は他に求むべきものであり、それ自体の性質、形状は終始同一である証拠物についてその証拠能力を否定する理由はないこと、そして、原審が検察官の取調請求を却下した証拠物のうち、番号51の青色手帳一冊、同53のメモ、同3のメモ用紙、同54のメモ、同27の黒表紙手帳、同43の手帳等を証拠としてその取調をするとすれば、戸別訪問及び法定外選挙運動文書頒布の各事実につき、被告人佐藤と春日ら四名の間に事前の共謀のあつたことを認めることができるのであるから、証拠として採用すべきものを採用しなかつた原審の前記訴訟手続に関する法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反にあたるというのである。
よつて検討するに、
一 番号1ないし45の証拠物について
(証拠略)を総合すると、昭和四〇年五月三一日大島警察署署員が春日ら四名を逮捕し、四名の所持品であつた番号1ないし45の物件を差押えた経過は、およそ次のとおりであつたことを認めることができる。
すなわち、右同日午前九時五〇分ころ、当時大島警察署間伏駐在所駐在であつた井上行夫巡査が偶々同駐在所事務室から窓外を眺めた際、同駐在所から七〇メートル位波浮港寄りに行つたところにある雑貨商遠藤正治方の前に小野、和泉の両名が立つていて、何か話し合つた後、同商店に入り、四、五分位して出て来たのを認めたが、両名が島内では見かけたことのないものであり、服装等から見て観光客ともみられなかつたので、あるいは押売りででもあるかとの疑問を持つた同巡査が遠藤方に赴いて、遠藤ハナに事情を聴いたところ、共産党の者だがといつてこれを置いて行つたといつて、本件文書、すなわち、人民の政治家参議院議員(東京地方区選出)野坂参三と題する野坂参三の写真入りの文書を含む五、六通の文書を差し出したので、これを借り受けて駐在所に帰り、本署及び波浮巡査部長派出所に連絡したところ、そのいずれからも選挙法違反になると考えられるから、尾行するようにとの指示があつたこと、それで井上巡査が小野、和泉の両名を尾行したところ、両名は、同巡査には敷地内に入つたか否かは判らなかつたが、田中文夫方のある小路の方に入つて戻り、都道からさらに別の小路に入つて行つて畑で働らいている者と話をして戻り、都道をさらに波浮港寄りに進んで小路に入つて向山荘吉方に入り、さらに福島せき方に入つたので、右のことを波浮巡査部長派出所から応援に来た山口昇巡査部長に報告したうえ、同巡査部長の指示により、午前一二時ころまでの間に田中文夫方、向山重次郎方、福島せき方を廻つて両名が訪ねて来たことを確認するとともに、両名が各戸に置いていつたという本件文書を含む文書を預つて帰つたこと、なお山口巡査部長は、福島せき方から出た両名が畑で農作業をしている下村益三と立ち話等して立ち去つたことを確認したこと、一方井上巡査から報告を受けた大島本署からは、上野弘夫巡査部長、間野直満巡査、飯塚章巡査ほか一名がジープに乗つて午前一〇時ころ間伏駐在所に着き、井上巡査が遠藤ハナから預つて来て同駐在所に置いた文書を見たのち、山口昇巡査部長及び差木地駐在所から応援に来た小野沢昭次巡査もこれに合流し、警官二名位が一組になつて小野、和泉の行方を探し求めたが、発見することができず、差木地二番地送信所前バス停留所付近で全員が落合い、間野、飯塚両巡査が両名を発見することができなかつたことを本署に報告するためジープに乗つて間伏駐在所まで行き、同駐在所から送信所前バス停留所の方に引き返す途中、都道の右側にある伊藤キクヱ方の近くで春日及び松本とすれ違つたが、そのまま送信所前まで行き、同所に残つていた上野巡査部長らに右のことを報告し、同巡査部長をはじめとする一行が伊藤キクヱ方の付近まで来たところ、伊藤キクヱ方から出て来た春日、松本に出会つたこと、その際、春日は文書を小わきに抱えており、松本は黄色の風呂敷包みを手に持つていたこと、そこで上野巡査部長らが両名に対し職務質問をする一方、井上、飯塚両巡査が伊藤方に入つて伊藤キクヱから共産党の者ですがこれを読んで下さいといつて置いて行つたという話をきき、春日、松本が置いて行つたという文書を預つて来たが、その中には本件文書が含まれており、さらに春日が上野巡査部長の求めに応じて提示した同人所持の文書中にも本件文書があつたこと、そこで同巡査部長は伊藤方の付近において両名に対し職務質問をし、駐在所に行つて話を聴きたいと促したが、両名がこれを拒否したので、間伏駐在所に行つて本署の指示を求めたが、その間の午后一時三〇分ころ、偶々送信所前バス停留所の方向から走行してきた軽三輪自動車の運転者が二人連れの者が送信所前バス停留所にいると教えくてれたので、山口巡査部長と飯塚巡査とがオートバイで同停留所に行つてみたところ、小野、和泉の両名が同所に居り、小野が黒い鞄を持つていたので、飯塚巡査が何を持つているのか見せて欲しいといい、小野がこれに応じて鞄を開けて見せたが、その中には本件文書その他が入つていたこと、伊藤キクヱ方付近に残つたその余の警察官は、春日、松本の両名が他の者との待ち合わせがあるといつて同所から送信所前バス停留所の方向に歩き出したので、それにつれてその後方を歩き、間伏駐在所から戻つて来た上野巡査部長も途中からこれに合流して、両者は相前後して送信所前バス停留所に着いたこと、そして上野巡査部長らは、右停留所の付近において春日ら四名に対し職務質問をし、間伏駐在所に同行することを求めることをくり返したが、四名はこれを拒絶し、住所氏名を黙秘したほか、午後の船便で東京に帰るなどと申し向けたため、午後一時五五分ころ、その時はすでに大島本署から乗用車に乗つて同所に到着していた捜査係長片岡良一警部補の指示を受けて、春日ら四名を、法定外選挙運動文書の頒布を内容とする公職選挙法違反の犯行の準現行犯人として逮捕する旨を告げて、手錠をかけることなくジープ及び乗用車に分乗させて大島署に連れて行つたこと、上野巡査部長及び間野巡査は、四名を自動車に分乗させる際、所持品を差押えるということを告げ、上野巡査部長が小野の携帯した鞄を、間野巡査が春日が手に持つていた番号44の文書及び松本が携帯した風呂敷包をそれぞれ取り上げて自動車に乗つたこと、番号1ないし45の物件のうち、原審が証拠として採用した番号20(人民の政治家野坂参三と題する文書二三部)を含む番号5ないし24の物件は、小野が携帯した鞄内にあつたもの、原審が証拠として採用した番号39(人民の政治家野坂参三と題する文書一五部)を含む番号28ないし43の物件は、松本が携帯した風呂敷包内にあつたもの、原審が証拠として採用した番号44の物件(人民の政治家野坂参三と題する文書二部)は、前記のとおり春日がその手中に所持していたもの、番号1(ノート紙片のメモ一枚)、2(前同メモ二枚)、3(票読み用メモ用紙三枚)、4(青色手帳一冊)は、小野がその着衣のポケツト内に所持していたもの、番号25(五月二〇日付アカハタ一部)、26(横けい紙メモ一枚)は、和泉がその着衣のいづれかに所持していたもの、番号27(黒表紙手帳一冊)は、松本がその着衣のポケツト内に所持していたもの、番号45(わら半紙メモ三枚)は、春日がその着衣のポケツト内に所持していたものであるところ、小野の鞄内にあつた物件及び松本の風呂敷包内にあつた物件についてこれをいえば、警察官の方で両名を逮捕する時までにその内容を確知していたものは、原審が証拠として採用した20及び39だけであつて、その余の物件については、逮捕の現場においてその内容並びに被疑事実との関連の有無を一つ一つ確めることをせず、鞄入りのもの及び風呂敷包として一括してその占有を取得して置いたうえ、大島署に到着後その各内容物の一つ一つを確認して、なおまた小野の携帯した鞄の内容物については、その中にあつた四名分の昼食弁当を除外して押収目録を作成したものであること、一方四名が着衣のポケツト内等に、これを要するに、その身につけて所持していた前記各物件については、警察官が逮捕の現場において身体捜検をしてその存在及び内容を確認することがなかつたばかりでなく、むしろ右のように四名が身につけて所持する物件の存在することを意識しておらず、従つてまたその処置について特段の意思表示をすることがなかつたものであり(この点について、原審証人間野直満は、逮捕の現場において身につけている物は本人達に所持したまま本署に行つて貰うからとことわつたと証言しているが、この証言部分は信用できない。)、その存在に気付き、これを差押えることにしたのは、大島署に到着直後四名にその所持品を提出させてからのちのことであることを、なおまた逮捕の現場である送信所前バス停留所付近から大島署までは、約一〇・七キロメートル、時速二〇ないし三〇キロメートルの自動車で走行して約二三分を要する距離で大島循環道路になつている一本の都道を走るだけのものであることを、それぞれ認めることができる。
そして、以上に認定したところによつて考察すれば、春日ら四名は、公職選挙法一四二条一項違反の犯罪の用に供したと思われる物を所持し、右法条違反の罪を行い終つて間がないことが明らかなものとして、現行犯人とみなされるものであるから、これを逮捕したこと自体には違法はなかつたということができる。弁護人は、その答弁書中において、春日ら四名の逮捕自体が違法な逮捕であるといい、その理由として、四名が犯罪の用に供したと思われる文書を所持していたことを警察官側において確認した事実がないこと、春日、松本組の場合は、犯行の終了したのが午後零時一五分ごろであるのに対し、逮捕されたのは、それより一時間三五分以上のちの午後一時五五分ころ犯行の場所より約一キロメートル離れた場所においてであり、小野、和泉組の場合は、犯行の終了したのが午前一〇時三五分ころであるのに対し、逮捕されたのは、それより約三時間二五分のちの午後一時五五分ころ犯行の場所よりこれまた一キロメートル余離れた場所においてであり、いずれの場合も、罪を行い終つて間がないことが明らかであつたとは到底いえないということを挙げているが、前者については、春日、松本並びに小野、和泉は、それぞれ二名が一体となつて行動していたことは明らかであるから、右各組のいずれか一名において本件文書を所持していた事実が認められれば足りるものであるところ、前記のとおり、春日、松本組については、上野弘夫巡査部長が伊藤キクヱ方から出て来た両名に対し職務質問をした際、春日が同部長の求めに応じて提示した文書中に本件文書のあつたことを確認していること、小野、和泉組については、飯塚巡査が、とおりかかつた軽三輪自動車の運転者の通報を受けて山口巡査部長とともにオートバイで先に送信所前バス停留所に行き、両名に職務質問をした際、小野が同巡査の求めに応じて開けて見せた鞄の中に本件文書のあることを確認していることは、いずれも証拠上明認できることであるから、弁護人の所論はあたらないものである。また後者についてこれをいえば、春日、松本が伊藤キクヱ方から出て来たのが、逮捕の時より一時間四〇分位前の午後零時一五分ころであつたことは、所論のとおりであるが、その後の経過は、先に認定したとおり、伊藤キクヱ方付近において両名に対し間伏駐在所まで同行することを求めたりして時間を費した後、両名のあとを追つて送信所前バス停留所に移動し、同停留所の付近において重ねて任意同行を求めたりしていたというのであつて、一時間四〇分位の時間の経過はあつたにしても、犯行を終つた直後の情況の継続があつたに過ぎないとみられるのであるから、また小野、和泉組の場合は、井上巡査の報告を受けた山口巡査部長が福島せき方から出て来た両名のあとを尾行し両名が下村益三の畑において下村と立ち話をしたり等して立ち去つたのを見たのが午前一〇時三五分ころであり、その後両名の姿を見失つてしまつたこと、従つてその後両名を逮捕するまでに三時間余の時間の経過のあつたことは、否定すべくもない事実ではあるが、井上巡査及び山口巡査部長が現認及び調査したところによれば、小野、和泉の両名は、遠藤正治方、田中文夫方、向山重次郎方、福島せき方及び下村益三の畑において下村益三にそれぞれ本件文書等を配布したのち、小野が配布用文書が入つていると推定される鞄を携帯した状態で姿を消し、その後依然として小野が右の鞄を携帯した状態で送信所前バス停留所付近にいるところを発見されたものであつて、両名を見失つてから再度発見するまでの間の両名の行動が警察官側に明らかになつていたわけではないとしても、警察官側においてその間両名が下村益三の畑から送信所バス停留所付近に至る間のいずれかの場所の各戸を歴訪して本件文書等を頒布し続けたうえ前記バス停留所に姿を現わしたと推定するだけの合理的根拠のあつた場合ということができるのであり、証拠によれば、上野巡査部長以下の警察官は右のような推定の下に罪を行い終つて間もないものと判断したと認定されるのであるから、この点に関する弁護人の所論もまたあたらないというべきである。
よつて、進んで各物件の差押の適否、効力について考えてみるに、
(一) 松本が風呂敷包内に所持していた番号28ないし38及び40ないし43の物件並びに小野が鞄内に所持していた番号5ないし19及び21ないし24の物件について、
右については、警察官が逮捕現場においてこれを差し押える旨を告げ、風呂敷包入りのもの及び鞄入りのものの各全体の占有を警察官側に移したにかかわらず、逮捕の現場においてその内容物を個別に点検し、差し押えるべき物と然らざる物との選別をしなかつたこと、そして小野の鞄内には四名分の弁当のように被疑事実には関係のないことが明らかな物件の含まれていたことは、先に認定のとおりであるが、前述のとおりの逮捕、差押の経過、とくに、本件の場合は、被疑事実が法定外選挙運動文書の頒布を内容とするものであり、上野巡査部長及び間野巡査が、所持品を差し押える旨を告げて松本の風呂敷包及び小野の鞄の占有を警察官側に移したのは、右風呂敷包及び鞄内に既に各戸に頒布して来たものと同様な文書が入つていると判断したためであると認められることにかんがみれば、両警察官が差し押えるといつた所持品というのは、風呂敷包及び鞄内の文書一切を指称したものと解せられるのであり、風呂敷包及び鞄内にあつた文書であれば、それが選挙に直接関連する内容のものであると否とを問わず、少なくとも頒布の意図等を理解するについてこれを参照することが必要不可欠であるという意味においては、ひとしく証拠物として差押の対象となるべき理由の存するものであることに徴すれば、文書である以上は、これを一括して差押の対象とし、これを個別に点検して被疑事実との関連を問題として選別する等のことがなかつたとしても、これをもつて恣意的、無差別な違法な差押であるというべき理由は存しないといわなければならない。本件の場合は、警察官は、差押手続関係の用紙類を逮捕の現場に持参していなかつたばかりでなく、大島本署が自動車で所要時間二、三〇分の距離のところにあつた関係もあつて、前記風呂敷包及び鞄内の文書を大島本署において個別に点検したうえ差押調書及び押収品目録を作成していることが、証拠上認められるが、右のようなことは、関係者及び押収すべき物件が多数の場合等特殊な事情の存する場合には、必ずしもこれを許されないということができない性質のことであつて、そのことがあつたからといつて恣意的無差別な差押であるということができないことはもちろんである。
(二) 春日ら四名が身につけて所持していた番号1ないし4、25ないし27、45の物件について、
刑事訴訟法二二〇条一項二号は、令状主義の例外として、現行犯人を逮捕する場合に逮捕の現場で差押をすることを許容しており、右にいう逮捕の現場は、逮捕の際の具体的実情等を考慮に入れることを許さない完全な地点を指称するわけではなく、令状なしの差押を許容する趣旨によつて自ら限定される、ある程度の幅のある場所的範囲をいうものと解すべきであるが、前記各物件については、春日ら四名が逮捕された送信所前バス停留所付近においては、警察官側は、概括的にしろその占有を取得した事実のないことはもちろんのこと、むしろその存在すら意識せず、従つてまたこれを差押える予定である等の趣旨の意思表示をした事実もなく、四名を右停留所付近から約一〇・七キロメートル離れた大島署に引致した直後に所持品を提出させた際に、その占有を取得したとみられるものであるから、これを逮捕の現場における差押ということができないことは、もちろんである。検察官の所論は、前記バス停留所付近においてその差押に着手したが、同所においてこれを継続して完了することを困難とする幾多の事情があつたため、大島署においてこれを完了させたに過ぎないというが、各関係差押調書に「被疑者を逮捕するにあたり、その現場において、次のとおり差押をした、差押の日時昭和四十年五月三十一日午後一時五十五分から午後二時十分まで、差押の場所東京都大島町差木地二番地先路上」という共通の記載のあることは、これを措くとしても、差木地二番地先路上、すなわち、前記バス停留所付近の逮捕の現場においてこれの差押に着手したとみられる形跡のないことは、前記のとおりであるばかりでなく、当審の検証調書によれば、送信所前バス停留所付近は、成程大島循環道路上であつてバスの通行する道路には違いないが、海岸添いの崖の上の、道路の両側には樹林等のある、付近には人家のない淋しい場所であつて、バスというのも、上下各一本のバスが一時間に一回宛通行するだけであり、停留所上の坂道を約八〇メートル上れば送信所、正確には航空標識所の広い構内空地及び小屋等もあるという情況であつて、春日ら四名を人目にさらすことなくその身体着衣等を点検して差押を実施するに妨げのある環境とはみられず、群集の抗議等、差押の実行を困難ならしめる事態を招来するおそれのあつたことも認められないのであるから、必要な用紙類を持参していなかつたことのため、差押調書等の作成を大島署においてすることはやむを得なかつたとしても、差押自体を右の現場においてすることを困難ならしめる事情があつたということは、到底首肯できないことである。
従つて、前記各物件の差押は、四名を準現行犯人として逮捕する場合になされたことではあつても、逮捕の現場においてなされたものではないという点において、刑事訴訟法二二〇条一項二号に違反する差押であつたというのほかはない。
しかしながら、本件の場合、問題の各物件は、すでに前記バス停留所付近において適法に逮捕され、警察官の実力支配下にその身体を移されていた四名がその着衣のポケツト内等に、いわば身につけて所持していた物であつて、右逮捕の現場において身体、着衣の捜検がなされていれば、元来が逮捕に伴う付随的処分として令状なくして差押えることができた筈のところを、担当警察官の不慣れなどのために、これをしなかつたが、距離にして約一〇・七キロメートル、時間にして自動車で約二〇分余りのところにある本署に到着したのち直ちにその差押手続がとられていることに帰するものであつて、逮捕の現場以外の場所において第三者の支配下にある物件を令状なくして差押えた場合の如く第三者の人権を不当に侵害することがないばかりでなく、逮捕された四名の人権を新たに不当に侵害したともいいがたい実質のものであることは、認めざるを得ないところである。
そしてこれらの特殊事情を踏まえて考察すれば、前記各物件の差押は、逮捕の現場においてという要件を欠いたかしはあつても、前記四名を準現行犯人として逮捕するに際して、いわば逮捕の現場の延長とも目すべき機会に差押手続がとられたといい得るものであつて、刑事訴訟法二二〇条一項二号には反しても、憲法三五条の令状主義に反する違憲な措置とまではいえないのであり、本件における右手続上のかしは、未だもつてその差押の効力を無効ならしめ、その差押によつて得られた証拠物の証拠能力を否定しなければならないほど重大なものとは解せられない。
二 番号46ないし67の証拠物について
番号46ないし49の物件は、差木地字クダツチの被告人佐藤の居宅において差押えられたもの、番号50ないし67の物件は、差木地字ヒクボの被告人佐藤所有の農具小屋及び堆肥小屋において差押えられたものであるところ、原審がこれらについて検察官の取調請求を却下した理由の要旨が、差押の根拠となつている昭和四〇年六月四日伊豆大島簡易裁判所裁判官発布の捜索差押許可状が、一通の許可状に四ヵ所の捜索すべき場所を記載していること及び捜索すべき場所との関連において差押えるべき物の記載がなされていないことの二点において憲法三五条の規定に違反する許可状であり、この違法は極めて重大であるから、これによつて差押えられた物件を証拠とすることは許されないというにあることは、原審の昭和四二年一二月二日付決定書によつて明らかである。
よつて問題の捜索差押許可状をみてみると、これには、「被疑者氏名及び年令 佐藤新吉当三十九年、右の者に対する公職選挙法違反被疑事件について、左記の通り捜索及び差押することを許可する、昭和四十年六月四日伊豆大島簡易裁判所裁判官、捜索すべき場所、身体又は物 1大島町差木地字クダツチ佐藤新吉方居宅及び附属建物 2大島町差木地字下原通称シタヒクボ所在の佐藤新吉所有にかかる農具小屋及びタイ肥小屋 3大島町字クダツチ前田チカ方居宅及び附属建物 4右同地前田春江方店舗、差押えるべき物 本件犯行に関係を有する文書、図画、メモ類等一切」との記載があり、なお当審の検証調書によれば、右に記載されている捜索すべき場所四ヵ所の相互の間の地理的関係は、被告人佐藤の妻の妹である前田春江方店舗とその母である前田チカ方居宅とは、表裏の如くに相接着して存在するが、佐藤の居宅から右前田春江方店舗及び前田チカ方居宅までの距離は約二〇〇メートル、佐藤の居宅からその農具小屋及び堆肥小屋までの距離は約二五〇〇メートルであることを認めることができる。
ところで、憲法三五条が、その一項において、「何人も、その住居、書類及び所持品について侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、―中略―捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。」と規定するにかかわらず、その二項においてさらに「捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行う。」と規定していることによつてみれば、右二項の規定は、捜索すべき場所が二ヵ所以上ある場合においては、その各場所毎に発せられた各別の令状を得て捜索を行なうべきことを要請しているものと解するのが相当であるが、本件捜索差押許可状のように二ヵ所以上の捜索すべき場所が一通に記載されているとはいつても、それらの複数の場所が明確に特定されていて、裁判官がその各場所について捜索を行うことを許容することを明示しているものであれば、押収すべき物の特定が各場所毎に十分になされている等のことがあつて、国民の権利が不当に侵害されるおそれがないと認められる限りは、実質的には、これをもつて直ちに憲法三五条の規定の趣旨に反する無効な許可状とまではいうことができないであろう。
しかしながら、本件捜索差押許可状は、押収すべき物については「本件犯行に関係を有する文書、図画、メモ類等一切」と表示するのみであつて、「本件に関係を有する」という限定的文言があるとはいつても、被疑事実を記載したものが添付されているわけではないから、右の文言も必ずしも限定的効果のあるものとはいえず、具体的な物件を特定することあるいはその一部を例示することまたはより詳細な説明的限定的文言を付すること等をしていない点において、余りにも概括的であり、これに加えて、前記のとおり、捜索すべき場所としては複数の場所を記載するにかかわらず、押収すべき物を右各場所毎に特定して記載するということもないのであるから、結局、本件捜索差押許可状には、憲法三五条及び刑事訴訟法二一九条一項の要求する押収する物の明示または差押えるべき物の記載がないといわざるを得ないのであつて、すでにこの点において右各法条に反する違法があることは明瞭であるといわなければならない。
そうとすれば、本件捜索差押許可状における右のかしはもとより重大であるから、これに基づいてなされた差押の効力、ひいてはこの差押によつて得られた証拠物の証拠能力は、これを否定すべきものといわなければならない。
三 以上の次第で、検察官の所論のうち、番号46ないし67の各物件に関する部分は肯認できないが、番号1ないし19、21ないし28、30ないし43、45の各物件に関する部分は肯認できるものであり、原審には、これらの物件の取調請求を不当に却下した訴訟手続の法令違反があるものとしなければならない。
検察官は、当審において、右の取調請求を却下された物件のうち、番号2のノート紙片(メモ)二枚、同3の票読み用メモ用紙三枚、同4の青色手帳一冊、同26の横けい紙(メモ)一枚、同27の黒表紙手帳一冊及び同45のワラ半紙(メモ)三枚の都合六点の取調を新たに請求し、当審はそのうち票読み用メモ用紙三枚を除く五点を証拠として採用してその取調を了したが、原審が取調べた証拠に右の五点の証拠を総合しても、原判決が認定した春日ら四名の犯行が右四名のみの犯行ではなく、佐藤を加えた五名の犯行であること、すなわち、春日ら四名と佐藤との間に共謀関係ないしは正犯と従犯の関係のあつたことは、肯認することができず、原判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認のあることは、認めることができないのであるから、結局、原審に判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があると主張する検察官の論旨はすべて理由がないことに帰着する。
検察官の控訴趣意第二(法令の解釈、適用の誤り及び事実誤認)について
所論は、原判決が、春日ら四名について、右四名に対する公訴事実は、四名が共謀のうえ、伊藤キクヱ外三名に対し法定外選挙運動文書を頒布したほか、土屋時雄方、大谷ふさ方、橋場与吉方、浅野功方、浜中房男方、木村吉己方、横山富次郎方、藤原藤吉方、梅田由郎方、土屋良平方、土屋茂太郎方、田中文夫方及び福島せき方の合計一三戸を戸別に訪問すると同時に、右各本人またはその家族に対し法定外選挙運動文書を頒布したとするものであつたのに対し、法定外選挙運動文書頒布の事実は、公訴事実のとおりに相手方合計一七名についてこれを認めたが、戸別訪問の点は、橋場与吉方、浅野功方、木村吉己方、田中文夫方及び福島せき方の五戸についてのみこれを認め、残余の八戸については戸別訪問にあたる行為があつたとは認められないとしたことについて、原判決には、戸別訪問禁止の規定である公職選挙法一三八条一項にいう投票を得しめる目的があるというためには、単に投票依頼の目的を有したというだけでは足りず、それ以上に、選挙人に直接面会して口頭で明示的に投票依頼をするという特段の意思、目的がなければならないとした点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがあるのみならず、土屋時雄方外七戸に対する訪問については、本件法定外選挙運動文書とともに日本共産党の政策の浸透を図るためアカハタなどの文書を配付することにその主たる目的があつたものであつて、積極的投票依頼の目的があつたことは認められないとした点において判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
よつて検討するに、原判決は、土屋時雄方、大谷ふさ方、浜中国香方、横山富次郎方、藤原藤吉方、梅田由郎方、土屋良平方及び土屋茂太郎方の合計八戸については、「被告人らが右訪問先を戸別に訪問し、本件の法定外選挙運動文書を頒布したことはすでに認定したとおりであるが、公職選挙法一三八条一項が同法一四二条の法定外選挙運動文書頒布罪と別個に設けられている趣旨からすれば、同法一三八条一項は、たんに選挙運動としての文書頒布行為を通じて被頒布者として特定の候補者に投票せしめるよう働らきかけるというにとどまらず、より積極的な投票依頼の働らきかけを規制の対象としたものと解せざるをえない。」としたうえ、「右の如き文書頒布に当然随伴する言動を超えてより積極的に投票依頼の目的をもつて訪問したと認めるに足りる証拠はない。」として、戸別訪問罪の犯罪の証明が十分でないとしたものであることは、その「有罪部分以外の事実について」と題する部分の説示によつて明らかであるが、公職選挙法二三九条三号の定める同法一三八条一項違反の戸別訪問罪の成立要件としては、選挙に関し、投票を得もしくは得しめまたは得しめない目的をもつて選挙人方を戸別に訪れ、面会を求める行為をすれば足りるものであつて、それ以上に当該選挙人に面接するとか、口頭で投票または投票しないことを依頼するとかの特段の行為に及ぶことを必要としないことは、最高裁判所の判例とするところであり(昭和四一年(あ)三九二号同四三年一二月二四日第三小法廷判決刑事判例集二二巻一三号参照)、当裁判所としてもこれを正当とするものであるから、原判決が、前記土屋時雄方等八戸につき、一方においては、春日ら四名が、野坂参三に投票を得させる目的で(原判決がこの目的の存在を肯定していることについては、罪となるべき事実の冒頭部分参照。なお、土屋時雄方等八戸の訪問についてこの目的のあつたことは、原判決が証拠として掲げる証人土屋時雄、同土屋春美、同大谷ふさ、同浜中きよ子、同横山花子、同梅田由郎及び同土屋良平に対する各尋問調書並びに土屋茂太郎及び藤原藤吉の各検察官に対する供述調書によつて肯認できることである。)右各戸を訪れ、被頒布者に面会して本件文書を配付した点において、法定外選挙運動文書頒布罪が成立するとしながら、他方において、前記のとおりの理由によつて、右八戸に対する戸別訪問罪については犯罪の証明がないとしたことは、ひつきようするところ、戸別訪問罪の成立要件に関する独自の法律的見解に由来することであつて、公職選挙法二三九条三号、一三八条一項の解釈適用を誤つた違法があるものといわざるを得ない。そして、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官のこの論旨は理由がある。
なお、職権をもつて調査するに、原判決は、春日ら四名の判示第一の法定外選挙運動文書頒布の罪と事前運動の罪並びに判示第二の戸別訪問の罪と事前運動の罪とは、それぞれ一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるが、右第一と第二とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして、同法四八条二項を適用処断しているが、原判決が認定した事実関係の下においては、第一及び第二の全体が、一個の行為で数個の罪名に触れる関係にあるというのが相当であり(昭和四一年(あ)三九二号昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決前掲参照)、結局一罪として最も重い法定外選挙運動文書頒布罪の刑をもつて処断すべきものであるから、原判決は、この点においても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用を誤つた違法のあるものである。
以上の次第で、原判決は、結局、二点において法令の解釈適用を誤つた違法があるものであるから、そして原判決中春日、松本、小野、和泉の有罪部分は、当裁判所が新たに有罪の認定をする事実と包括一罪及び観念的競合の関係にあり、その全体に対し一個の刑を科すべきものであるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、検察官の控訴趣意第三(量刑不当の主張)に対する判断をするまでもなく原判決中春日、松本、小野、和泉に関する部分の全部(有罪部分及び理由中において無罪の理由の説明をしている部分を含む意味である。)を破棄することとし、本件は、当裁判所としては、あらためて事実の取調をすることなく、原判決を破棄して自ら有罪の判決をすることができる場合であるから(この点については、昭和四四年一〇月一五日大法廷判決刑事判例集二三巻一〇号参照)、刑事訴訟法四〇〇条但書に従い自ら判決することとする。
当裁判所が認定する事実は、原判示罪となるべき事実の第二を次のとおり変更するほかは、原判示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
「第二 被告人春日、同松本において別紙第二戸別訪問先一覧表1ないし9記載のとおり土屋時雄方外八戸を、被告人和泉、同小野において同10ないし13記載のとおり土屋良平方外三戸を、それぞれ戸々に訪問して、同一覧表記載のとおりの各面接者に面接し、もつて選挙運動期間前に戸別訪問をし」
(証拠の標目)
原判決証拠の標目欄に掲記の証拠と同一であるから、これを引用する。
(法令の適用)
被告人春日、同松本、同和泉及び同小野の判示所為中、法定外選挙運動文書頒布の点は包括して公職選挙法二四三条三号、一四二条一項、刑法六〇条に、戸別訪問の点は包括して公職選挙法二三九条三号、一三八条一項、刑法六〇条に、事前運動の点は包括して公職選挙法二三九条一号、一二九条、刑法六〇条に、それぞれ該当する。そして、右は、その全体が、一個の行為が数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により最も重い法定外選挙運動文書頒布罪の刑をもつて処断するものとし、その所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内において、被告人春日、同松本、同小野及び同和泉をそれぞれ罰金八、〇〇〇円に処し、刑法一八条により、右罰金を完納することができないときは金八〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置するものとし、いずれの被告人に対しても、本件犯行の態様その他諸般の情状により、公職選挙法二五二条四項を適用して、同条一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないことと定め、原審及び当審における訴訟費用の負担については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により主文四項のとおりにこれを定める。
なお、原判決のうち被告人佐藤に対して無罪を言い渡した部分は相当であり、これを非難する検察官の控訴趣意はさきに説示したとおりその理由がないから、刑事訴訟法三九六条により同被告人に関する控訴を棄却する。
よつて、主文のように判決する。
(別紙第二戸別訪問先一覧表略)